染織は農業だって言ったのは、どなただったか?石垣島の大先達か?畑で麻や芭蕉を育て、山や野で染料を採り、糸を作り、染める。
私はそれを聞いて、深くうなづき、同時に羨望の思いも持った。私は畑や野や山で作業しないから。都会のアパートの中で、すべてを完結させる。
でも、今、着物を織っていて、ああ、農業だなって思い当たった。
農業は普通、年に一回か二回しか挑戦できない。米を作って10年の人は、10回か20回の経験しかないのだ。だから、一回一回が賭けであり、全エネルギーを注ぎ込む真剣勝負だ。ひとつ間違うと、一年か半年を棒に振る。
着物は、私のような作り方をすると、どんなにがんばっても年に10反だ。と言うことは、10毛作ってことだ。ひとつのチャレンジの結果は一ヶ月後、またはそれを御召しいただいた時って思うと数カ月後。それまで分からない。実はその期間、とても辛い。怖い。それでもマイナーチェンジはし続ける。もっと真のものを求めて。
でさ、私思ったんだけど、農業も人知を尽くして発展させてきただろうけど、おおらかにゆだねる部分もあると思うんだよね。そこんとこ、私もやりたい。小さな無力の私がすべてを出し切って、やり切って、後はゆだねる。そこは操作できないんだ。操作できない部分があるからこそ、謙虚になれる。










