Friday, 20 January 2006

何においても、はじめとおわりがすごく大事だと思う。私の場合は、仕入と販売。とくにこの仕事の場合は、ここが数少ない現代社会との接点だし。
吟味して吟味して、計算入れて、仕入れる。糸屋のおじさんと話して今の事情聞いたりする。買った以上は、その糸を最大限に開かせなければ。販売は、覚悟して、売る。作ったものを売ることで、大人にしてもらったと思う。責任発生するし。まだまだだけど。

その、はじめとおわりの中間ももちろん大事。でもこれは自分次第でどうにでもなる。
忘れちゃいけないのは、そのもっと前と、そのもっと後。

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Thursday, 19 January 2006

syakuhachi
古代尺八の演奏を聴く機会に恵まれた。空気の振動が直に伝わってくる感じ。これってただの竹なんだよね。すごいなあ。
奏者は自らの声も使って奏でた。あ、おんなじ。竹と人間は同じだ。


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Sunday, 15 January 2006

ときどき染織をやりたいって方からメールいただいたりします。これを仕事にしたいのだがってことが多いんだけど。
実をいうとお返事書くのが、ものすごく難しい。なんつーか、今の私のレベルでは何も言えないのです。ええ、生計は立ててます。でもちょっとギリギリすぎるし、道半ばすぎます。
例えばもうすでにこの道に入ってる人に、具体的にここがわからんと言ってもらえると、「私の場合は、こうこうこうこうやで~」ってうるさいくらいに言えます!でも普遍的なことは、今はまだ言えないって感じです。特にこれに人生をかけようって方には。
あ、それでもメールいただいたりするのは歓迎です。人間対人間のつきあいする感じで。

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Thursday, 29 September 2005

正解は必ずあるはずで、それを導き出すのが、私の仕事だ。

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Wednesday, 28 September 2005

シュラってるからこそ、納得いくまで。これだ!って地点まで。何回でも。

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Saturday, 03 September 2005

色とか形とか、仕上げ方とか、そんなことは二次的なことで、求むるべきは、そこに届いたものであること。届かせるために、なんでもする。最善をつくす。
そのために、色や形や、仕上げ方が重要になってくる。

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Friday, 08 April 2005

英語で10年間のことをディケイド(decade)、12の単位をダズン(dozen)というが、こと、現代日本の年齢の単位としては「18」が適当でないかと考える。
生まれてから18歳までは、家族や社会に守られて、与えられて育つ。
19歳から36歳までは、迷ったり、ぶつかったりしながら、切りひらく。青アザ時代やね。
37歳から54歳までは、社会人としてのドマンナカ。ここでガツンとやらなきゃね。
55歳から72歳までは、磨き上げる。ここにきたら、「循環」できるようになってたい。
73歳から90歳までは、研ぎ澄ます。さらに。さらに。
91歳からが、本番かな。
でさ、この18の単位、ソメオリ(someori)って呼ぶのはどう?「いやー、第三ソメオリ期になっちゃってさー」という風に使う。ちょっと自己チュー?

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Monday, 24 January 2005

頼んでおいた大きな鏡が届いた。早速場所を確保し据えつける。ホッと一息、椅子に座った我が身が映る。ふむむ。どこかで見たよな構図だな。おお!これだ!きゃ、私ったらベーコンみたい。鏡に映る自分にうっとり(?)。
「本能の近くで創れ」と彼(=ベーコン<母)は言ってた。一歩近づけたかと思うと百歩先にワープされてしまう。ちょっと引用しちゃおうかな。
「画家は感覚のバルブを開け放って、あるいはこう言った方がいいかな、感覚のバルブの鍵を開けて、見るものをして生命というものにさらに激烈に突き返すんだよ」

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Saturday, 15 January 2005

klee
グァッシュじゃなくて透明水彩。油絵の具だったらオーレオリンかクリムソンレーキ。そんな透き通った感じを求めた。
透明同士が複雑に交差しあう。強い色で決定しちゃうんじゃなくてベビーカラーを積み重ねる。それによって現れる少ーし特別な世界観。
*手織名古屋帯。写真はオタイコ部分。植物染色。

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Monday, 10 January 2005

nekomichi
「ポチが天国にいっちゃった」と妹からメールが入った。彼女の悲しみが伝わってきて、思わず線香を手向けた。
ポチとはもう一人の妹が留学先のアメリカでかわいがってた迷い猫で帰国のときに連れてきた。それでやむを得ず実家の飼い猫となった。当時私はすでに家を出ていたから傍観しつつも、「そんな風土の違うところに無理につれてきて、猫の幸せを考えてない」って憤慨したものだ。
それから約7年、ポチは高温多湿の熊本にもどうにかなじんだようだ。めったに家に帰らない私なんかより、ずっと家族だったろう。
結果、私の大上段の「正論」をいとも簡単にくつがえし、ポチは大変幸せな一生をおくった。妹二人の連携プレーが一匹の猫を幸せにした。すごいなあって心底思う。アイツらもいいオンナになってきた。先が楽しみだって、あねバカの私は思う。

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